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2014/05/09

1976年5月8日

 38年前のきょう、冒険家の植村直己は目的地アラスカの先住民集落の中心地、コツビューに到着した。前々年の12月にグリーンランドを出発し、犬ぞりで一人旅を続け北極圏1万2千キロを走破する快挙だった◆次の大きな夢は南極大陸3千キロの犬ぞり走破だった。かつて偵察した際に「引き下がれない」と日記に記すほど強い思いを持っていた。82年1月、南極に向け出発。だがフォークランド紛争が起きたためアルゼンチン軍の協力が得られず、年末に断念した◆植村は40代に入り挫折が続いた。「単独で初」の成果を出せず追い詰められていく。84年、マッキンリー冬季単独登頂に世界で初めて成功する。その直後に消息を絶った。〈何が何でも…登るぞ〉。悪天候の中、日記に記した最後の文章である(湯川豊著「植村直己・夢の軌跡」)◆植村の遭難から30年。未知の世界を知りたい―との冒険心は多くの人々に広がった。登山人気もその表れだろう。残念なことに遭難も増えている。大型連休も続発した。経過は異なるだろうが、悪天候などの春山の危険を軽視したといわれても仕方がない。◆霊長類学が専門の榎本知郎さんは「旅はヒトだけに許された特権」と書いている。生活圏を出て、未知を楽しみ、戻ってくる。他にそんな動物はいない。特権には相応の責任がついて回る。「引き返す」判断の難しさを、あらためて思う。【信濃毎日新聞】<斜面>2014.5.8