<僕の名はルカ。二階、君の部屋の上に住んでいるんだ>。シンガー・ソングライターのスザンヌ・ヴェガの「ルカ」(一九八七年)という曲。親から虐待を受けている子どものことを歌っている
▼<真夜中に大きな音が聞こえてきても僕に何があったかなんて、聞かないで>。ルカはどんなに親に虐待されていても何も話そうとしない。そんな歌だった
▼八〇年代後半の日本では今ほど児童虐待問題への注意が払われていなかった。日本でもヒットしたとはいえ、大半の日本人はこの歌をどこか遠い場所の物語であって、身の回りの問題とは受け止めていなかった
▼もちろん児童虐待はその後、日本でも大きな社会問題となった。昨年虐待があったとして児童相談所へ通告された十八歳未満の人数は二万一千六百三人。統計を取り始めた二〇〇四年以降で過去最大である
▼あの歌から三十年近くになるが、子どもへの暴力は今なお増え続けている。ヴェガの新作に「ソング・オブ・ザ・ストイック」という曲を見つけた。<十八年間の痛み いくつものあざ それが、自分の人生の事実>
▼大人になったルカの歌だとすぐに分かった。生活は大変だが、愛する女性にも出会った。痛みの記憶は今も残っている。「過去」という重荷。いつか解放されたいと願う。前向きな歌に聞こえるが、ルカの痛みは決して消えていないのである。【中日新聞】<中日春秋>2014.4.21