▽井之頭五郎は中年の独身男。地方出身で、東京を拠点に輸入雑貨を個人で商っている。楽しみは商談後に1人で取る食事。下町の豚肉炒めご飯、デパート屋上のさぬきうどん、野球場のカレー。別に高級料理ではない。▽発表から20年以上たっても読み継がれる漫画「孤独のグルメ」。松重豊さん主演のテレビドラマにもなった。守るものを増やしたくないから仕事も私生活も単独。特に食事の際は「誰にも邪魔されず、救われてなきゃあダメなんだ」。世知辛い世の中だからこそ共感を呼ぶ。▽この漫画の作画を担当した谷口ジローさんが11日、69歳で亡くなった。特徴は細い描線と緻密な画風。食堂を探して五郎が歩き回る市井の風景や、食事中の店内1こまを描くのに1日がかりは当たり前だった。そんな具体的なイメージを通して等身大の哀歓が浮かび上がる。▽人気店に並びたくはない。「食べている時後ろで誰かが待っているという状態が嫌なんだ」。時流におもねらず、自由と裏腹の孤独にもじっと耐える。藤沢周平作品に登場する庄内の古武士のようでもある。そんな五郎の次なる遍歴をもう見ることができないのは、寂しい。【山形新聞】談話室 2017.2.22.