<福は内、鬼は外>節分の豆まきでは、こう言って、はやし立てるのが普通だ。が、何と<福は内、鬼も内>と言う所がある。佐渡・両津市黒姫の旧家、山本泰雄さんの家では今夜も<鬼も内>と唱えて豆をまく。江戸時代は庄屋だったという家で、この唱え言は古くから代々伝えられてきたという。昔、昔、この集落の田植えどき。山の棚田から順々に田植えを済ませ、平地の田に作業が移ると、にわかに暴風雨に見舞われた。やむなく人々は苗をあぜに置いて引き揚げた。翌朝、その田に出てみると、すっかり田植えが済んでいた。翌年、暴風雨はなかったが、試しに同じように引き揚げると、まただれかが田植えを済ませてくれていた。翌年もまた翌年も。そこで、ある年、夜半に年寄りが田の近くの墓の陰からのぞき見ると田植えの助っ人は鬼だった。で、以来、鬼に感謝して、豆まきの唱え言は<鬼も内>。これが山本家に伝わる話。民話の世界が今に残る。追い払わずに、鬼まで取り込む極意は何だろう。力か、知恵か、懐の深さか?【読売新聞】よみうり寸評 1994.2.3.